楽嫁介護シリーズ

楽する嫁の介護日記(6)「物忘れ」外来で「認知症」診断は出ず!!

コーチングプレイス認定コーチ&認知症介護15年目のじゅんこです。

72歳から一人暮らしを始め、3年たった75歳の頃
「家の片付け」「食事のしたく」が滞るようになり、
「忘れ物」を繰り返すなど日常生活が変化していったことで、
さすがにこれは問題あるのではと思った嫁の私。

ここから「介護」の領域に一歩入っていくことになるのです。

まずは病院探しからスタートしました。

ところが「認知症」の診断が出るまでの道のりは、意外と長かったのです。

「物忘れ」外来で「認知症」診断は出ず!!

大きな病院に記されている個別の科を調べ始めました。

まだ「認知症」かもという自覚は私にも夫にもなく、
「一人暮らしで鬱っぽくなってしまったのかな」とか、
「物忘れがひどくなったのかな」などのワードで検索を重ねていきます。

ある時、大きな病院の「物忘れ外来」を見つけ、さっちゃんと夫と3人で訪れました。

さっちゃんはどこも悪いところはなく、近所の病院にかかっていなかったので
紹介状なしで受付に行きました。

よく、病院へ連れて行くまでが大変だったという話を聞きますが、
我が家の場合は、体調が良くないことを自覚していたさっちゃんに、
「病院で調べてもらいましょう。」と伝えていたので、
最初のハードルはクリアできました。

ただ、待合室で「何でここに来たのかね。私は何ともないよ。」と
何度も聞かれるたびに、冷や汗が出そうでした。

1.「長谷川式認知症スケール」での検査

さっちゃんが先生の前に座り、私たちは後ろの椅子に座って様子をみていました。

先生に身体の調子を聞かれたさっちゃんは「私は何ともないよ。」と
しっかりした声で即答。

この言葉はずっと後々まで聞くことになるのですが、
この時はまだ聞き流していました。

先生は、認知症が疑われる場合に最も多く実施されている
「長谷川式認知症スケール」での検査を始めました。

これは1974年に聖マリアンナ医科大学の長谷川和夫先生によって開発された
認知症のスクリーニングテストです。

よくテレビや雑誌などで紹介されているお馴染みの質問が始まりました。

質問は全部で9つあります。

 

1.年齢はいくつですか?

2.今日は何年何月何日何曜日ですか?

3.今いる場所はどこですか?

4.これから挙げる3つの言葉を言ってみてください。
あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください。
「桜」「猫」「電車」 *他に「梅」「犬」「自動車」の場合もあり

5.100から7を順番に引いてください。

6.これから言う数字を逆から言ってください。

7.先ほど(設問4で)覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください。

8.これから品物を5つ見せます。それを隠しますので何があったか
言ってください。(必ず相互に無関係なもの)
時計・鍵・たばこ・ペン・硬貨

9.知っている野菜の名前をできるだけたくさん言ってください。

さっちゃんは、思いのほか順調に答えていきました。

一緒に聞いている私の方がすぐに答えられない時があり、密かに焦るくらいです。

先生から私たちにも、最近の様子などを聞かれ、さっちゃんの前にもかかわらず、
全てのことを堰を切ったように話ました。

考えてみれば、誰にも相談することができず、夫と二人で
ずっと全ての現象を抱え込んでいたのです。

さっちゃんは、自分のことを話しているという認識がないのか、
私たちの切なる訴えを、まったく意識していませんでした。

この状態は、この後全ての診察において同じ様子様子です。

ありのままに話す私たちの言葉を受け止めないという状態は、
さっちゃんにとって傷つくことがなくて良かったと、
今となっては心から実感します。

2.「認知症」でも「うつ病」でもありません

先生の診断は、「検査の結果『認知症』ではありません。
受け答えの時、前を向いて笑顔が出ているので『うつ病』でもありません。」
とのことでした。

まずはほっとしました。

でも、なぜ様々な現象が出ているのか原因が分からないままだったので
もやもやとした感情ばかりが残りました。

「1ヶ月ごとに診察をして、様子を見ましょう。」

と言われ、安心と小さな不安が入り交じって病院を後にしました。

さっちゃんは、「何でここに来たのかね。私は何ともないよ。」と
不満気につぶやいていました。

3.診断がつかない状態が半年近く続きました

1ヶ月ごとの診察も状況が変わらないまま4回目を迎えた頃、
先生から提案がありました。

「特に症状が進行していませんが、念のため心臓に問題がないか調べてみましょう。」

心臓に疾患があると、心血管リスク因子として認知症やアルツハイマー型認知症の
リスクを起こす可能性があるということで、
24時間心臓の状態を把握する装置をつけることにしました。

結果は問題なし。正常そのものです。

ある時は、「歩いてください。」との指示がありました。

さっちゃんが普通に歩くと、
「ちょこちょこと、歩幅が小さくなる歩き方をすると
認知症の症状に該当するので問題ありませんね。」とのこと。

病院での診断は変わらないままでしたが、
日々の生活の質は日増しに崩れていました。

家の中の物はあふれかえっていました。

いつの間にか、新しい布団セットが3セット積まれています。

パーティードレスのような服が通販で届き、
「期限までに支払いがない」と夫のところに督促状が届きました。

夏の初めには、異臭のする台所に覚悟を持って入ったところ、
冷蔵庫の中に虫が湧いているという信じがたい状況も発生していました。

ただ、普通に喋っている時は以前と変わらず、
何の先入観もなく会話をすると、今までのさっちゃんと同じでした。

寝ている時もありましたが、毎日ではなく、
食事も、まだ自分でお総菜などを買って食べていました。

息子は間もなく入園を迎える年になっていました。

幼稚園に入ったら、少しは時間ができるので、
さっちゃんのことも考えていこうと思っていた矢先のことでした。

息子の入園前にショッピングセンターで意識を失う

3月のある日、病院での定期診断を受けたあと、
家族でショッピングセンターへ行った時のことです。

息子の入園を控え、ワクワクした気分で幼稚園グッズを揃えていました。

一緒にトイレへ行ったあと、出たところでさっちゃんがフラフラしていたので、
すぐ近くのベンチに座ってもらったところ、
崩れ落ちるように床にうつぶせになってしまったのです!

意識があまりなく、すぐにお店の人に連絡して救急車を呼んでもらいました。

その間、私は「こんどうさん、こんどうさちこさん」とさっちゃんの名前を
フルネームで連呼します。

以前呼んだ本に、意識を失いかけた人にはフルネームで名前を呼ぶといいと
書いてあったことを思い出したのです。

救急車の隊員の方に希望の病院を聞かれ、
午前中診察を受けた病院へ向かうようお願いしました。

私と息子は一緒に救急車へ。

夫は駐車場に止めてあった車を運転して病院へ。

幸いベッドに寝ているうちに回復し、2時間ほどで帰宅の許可が出ました。

どうやら「状況失神」とよばれる状態になってしまったとのことでした。

これは、排尿のあとなどに迷走神経活動が活発になり、
交感神経活動が低下することによって血圧が下がり
失神してしまうという状態だったようです。

通っていた病院に連絡を取ってもらったものの、診察時間が過ぎていたため
主治医がいなかったとのことでした。

その夜は心配なので、我が家で休んでもらうことにして、
数日後、主治医の診察日に合わせて改めて3人で病院へ行きました。

そしてそこで、やっと「認知症の診断への一端」が見えたのです!

 

《2005年6月~2006年3月の出来事:
私44歳~45歳・息子3歳・さっちゃん75歳~76歳/介護0年目》

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